傘はある

健康で文化的な愛にあふれた生活

父親譲り

今年のゴールデンウィークに、実家の両親が関西に遊びにきた。

「近くなってからちゃんと教えるからね」といくら言っても、1ヶ月以上前から関西はどのくらい暑いのか半袖を着て行くべきなのかと何度も連絡を寄越す。
「いろんな電車に乗るけどスマホでその都度時刻表は調べられるから安心してね」と言ったにも関わらず、紙の時刻表を書店で購入する。
そんな両親を(すごく楽しみにしてるんだろうな…)と思っていた。
なんてったって新婚旅行以来、約30年ぶりの夫婦2人きりの旅行だ。
手も金もかかる子供2人が自立するまで、旅行のことなんて考える余裕なんてなかっただろう。
「なんかね〜アンタの育て方間違えちゃったみたいだわ〜」とカラカラ笑いながら母に言われたことがあるが、間違った育ち方をした娘なりに今回の旅行は親孝行をしようと決めていた。

待ち合わせ場所の京都駅にペアルックで現れた両親を見た瞬間、親孝行しようという決意なんて忘れて他人のふりをしそうになった。
50代の両親がペアルックだなんて、浮かれが過ぎる。
そんな浮かれポンチの両親を引き連れながら、金閣寺銀閣寺、清水寺、宇治の平等院鳳凰堂、伏見の稲荷神社、河原町新京極通り、嵐山など、関西に住んでる人が聞くと「体力が野生のゴリラじゃん…」とびっくりしてしまうようなコースを、たった2日間で巡った。
野生のゴリラの散歩コースをひたすら歩き回るのはとても疲れたが、両親の楽しそうな顔を見るとほんとうにうれしさで胸がいっぱいになった。

今回の旅行は関西観光が目的だが、結婚を考えてる彼氏の紹介も兼ねていた。
両親が関西に来る少し前、彼氏に「せっかくだからわたしの親に会っとく?」と聞くと、「え!会う!会うよもちろん!でもおれ大丈夫かな…ちゃんと認めてもらえるかな…」と不安がっていたが、「まあ…たぶん大丈夫じゃない?よく知らんけど…」としか答えられなかった。
だって、わたしは父のことをあまりよく知らないから。

「お母さんの話はよく聞くけどお父さんの話はほとんどしないよね」とたまに友達に言われる。
あまりにもわたしが父の話をしないので、その話題はタブーなんじゃないかと気を遣ってくれてた友達もいたぐらいだ。
父の話をしないのは、ただ単に話すことがないから。
母のように、学生時代に「部屋に置いたらかっこいいと思って」という理由で車で片道3時間かけて公園のベンチを盗みに行ったり、父方の祖父が亡くなったあとの形見分けでチェーンソーを我先にと欲しがったり、トンネルの中で車のライトに照らされ家族に見守られながら野糞をしたり、そういうトンチンカンな行動を父はしない。

わたしの父は、至って普通のオッサンだ。
平日は毎朝決まった時間に起きて仕事へ行き、決まった時間に帰ってくる。
夜はプロ野球を観ながら晩酌をして、決まった時間に布団に入りラジオを聴きながら眠りにつく。
休日は天気が良ければゴルフ、天気が悪ければパチンコへ行き、帰りは寂れた近所の銭湯に寄ってサウナに入り汗を流す。
そして休日の夜も平日の夜と全く同じように過ごすのだ。
長年のルーティーンを崩さない父のことを、友達に話すタイミングなんて今まで一度もなかった。

父とは決して仲が悪いわけではない、普通の親子だと思う。
実家で暮らしてた頃は同じ食卓で一緒にごはんを食べていたし、進学や就職などの節目には筋を通すために話もしたし、ちゃんと愛情をもらってそれなりの教育も受けさせてもらった。
しかし寡黙で積極的にコミュニケーションを取ってこない父が、娘の結婚相手となるような人と会ったときにどういう気持ちになるのか、わたしには見当もつかなかった。

「ん〜まあ実際会ってみないとお父さんがどういう反応するかわかんないよね〜」と珍しく自信なさげな母、彼女の両親に会うという重大ミッションを抱えて極度の緊張に襲われる彼氏、ペアルックの両親を彼氏に会わせる恥ずかしさと父の反応の予測不能具合に混乱するわたし。
そんな三者三様の心配をよそに、食事会で父は驚くぐらいよくしゃべった。
たくさんお酒を飲んで気分を良くし、真っ赤な顔で彼氏にいろんな質問をしたりわたしの不出来具合をおもしろおかしくイジりつつ、時にはくだらない冗談を言って笑いを取り、信じられないことに母とイチャイチャしたりもしてた。

緊迫した瞬間も無言の時間もなく、ただただおいしいごはんを食べて楽しく会話してるうちにいい時間になり、食事会はお開きになった。
次の日の午前の便で北海道に帰るという両親と別れたあと、緊張が解けてようやく肩の荷が下りた彼氏に「めちゃくちゃ楽しいお父さんじゃん、真面目で寡黙って聞いてた前情報とぜんぜん違ったよ、すごくしゃべる人だね」と言われた。

ああそうだ、わたしのお酒を飲むとすぐに顔が赤くなるところと初めて会う人を目の前にして緊張すると饒舌になっちゃうところはお父さん譲りだっけ。