傘はある

健康で文化的な愛にあふれた生活

傘がない

今わたしは福島県にいる。
実際は大阪府にいるけれど、心の中のわたしは福島県にいる。
北海道を出るとき、嫌なことがあるたび一県ずつ北上するって決めていて、順調に福島県まで来た。

スーパーウルトラギガントアマゾネス級に明るくてポジティブな性格でも、生活をしていたらそれなりに嫌なことがある。
北海道にいたときは寝たらスッキリ忘れていたようなことでも、見知らぬ土地で一人暮らしを始めてからは一晩では消化しきれなかったりする。

友達とごはんに行って、ねぇねぇ!なんかさぁ〜!この前こういうことあってさぁ〜!と気軽に話すことができない。
同僚の言動にモヤっとしても、上品なババアに「あなた、頭が悪いのね」と溜息をつかれても、電車の中で見知らぬおっさんに紙袋でボコスカ殴られても、わたしは家のベランダで煙草を吸いながら北海道に想いを馳せることしかできない。

同僚や仕事に対する愚痴を職場で言うわけにもいかず、だからといってわざわざ友達に電話して聞いてもらうほどおもしろくもなんともないからなんだかそれは躊躇してしまうし、そうしたら必然的に彼氏がわたしにとっての王様の耳はロバの耳になってしまう。
ブワーーーー!!!とひとしきり話し終えたあとは、聞いてくれてありがとう!でも違うの!わたしはもっとハッピーな話をしたいんだ!たとえばフルーツ盛り盛りのパフェの話とか!あの作家さんの新刊がマジでサイコーとか!と必ず後悔する。

今日は仕事帰りに雨に降られた。
傘がなくてびしょ濡れになりながら横断歩道で信号が青になるのを待っていたら、隣で相合傘をしていたカップルが「傘一本でよかったね〜」「ほんとうだね〜これいらないかったな〜」と閉じたままのもう一本の傘を持て余していた。
いや、それならその傘をわたしに恵んでくれよ。

心の中のわたしは、福島県から山形県に北上した。