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傘はある

健康で文化的な愛にあふれた生活

電気屋のおばさん

今朝、実家の母から父方の親戚が亡くなったと連絡がきた。
亡くなったその人はみんなから"電気屋のおばさん"と呼ばれていて、誰も電気屋のおばさんの本名を知らない。

電気屋のおばさんは一応わたしの父方の血筋ではあるらしいが、親戚の人に「電気屋のおばさんってどういう繋がり?」と聞くと「祖母の姪っ子だった気がする」「祖父の伯母かなんかじゃない?」「曽祖母の甥っ子の嫁って誰かが言ってた」などとバラバラで不確かな情報をみんな自信なさげに答える。
気になって電気屋のおばさん本人に聞いても「そーんな細けぇことはどうでもいいべ〜!オラも長生きし過ぎてて覚えてねぇ!」とはぐらかされる。
そんなこんなだから、わたしは数年前に母が提唱した「実は親戚でもなんでもなくてただの近所の電気屋のおばさん」という説を1番支持している。
曽祖母の甥っ子の嫁よりも、ただの近所の電気屋のおばさんの方がなんか近い気がするし。

電気屋のおばさんは親族の誰かが亡くなると必ず現れ、お通夜では寿司を食べながら誰もが初めて聞くような故人との思い出話を語り、翌日「いやぁ〜夜中にデンプン摂ると胃がもたれるべな〜」と言い残して火葬場をあとにする。
電気屋のおばさん、一体何者なんだ。

ここ1年の間に父方の親族が5人も亡くなった。
昨年末に喪中ハガキの準備をしていた父が「いやぁ〜喪中の極みだな!」とおちゃらけて母に「アンタは不謹慎の極みだよ!」と怒られていた。
昨晩6人目である電気屋のおばさんが亡くなって、わたしの父はまた同じようなことを言って同じように母に怒られている気がしてならない。